☆大阪市内 (ミナミ)
(中央区・本町・心斎橋・難波周辺)
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江戸期においては複数の小売店がすでに並んでいたが、
現在のような大きな商店街が形成されたのは明治・大正時代を経てからである。
以前においては東の銀座、西の心斎橋と言われ、銀ブラならぬ心ブラと言う言葉があったぐらいである。
それでこそ東京の急速な一極集中による商業化や梅田の商業地区としての発展において、
心斎橋はそれ程有名では無くなっているが、
現在においても大阪の中心的商業地区として賑わいは見せている。
特に本町周辺が繊維問屋が軒を連ねていたということから、
ファッション関係は心斎橋に店舗を構えるということはステータスとなっている面がある。
心斎橋筋商店街:http://www.shinsaibashi.or.jp/
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道頓堀川・戎橋周辺は大阪を語る時に切っても切れない場所である。
道頓堀川を挟んで北側は花街、いわゆる歓楽街となっており、南側は「芝居の街」といわれております。
現在も近世日本の芸能文化のリードしてきた中心地として映画館は勿論、歌舞伎で有名な「大阪松竹座」、
世界無形遺産の一つに指定された文楽を上演する「国立文楽劇場」、「新歌舞伎座」、
大阪のお笑いの殿堂「なんばグランド花月」「ワッハ上方」などの劇場が林立しており、
大阪文化の象徴ともいえる演芸・娯楽を楽しむことが可能。

そして大阪を代表する文化の一つである「食文化」である「食いだおれ」。
大阪文化屈指の味自慢の店がひしめきあっている。
また注目すべきはお店の顔ともいえる看板。
これでもかと言うくらいの派手な看板が並んでおり、
商人文化の真骨頂とも呼べるエネルギー溢れる空間に出会うことができる。

また道頓堀を南に少し下がれば、石畳の美しい「法善寺横丁」。
水をかけると願い事がかなうと言われている水掛け不動尊の「法善寺」があり、
表通りの喧噪とはうってかわって、古き良き大阪の情緒を偲ぶことが出来る。
また若者の街として多くの斬新なファッションの店舗が立ち並ぶ「アメリカ村」も新しい大阪の象徴である。

道頓堀:http://www.dotonbori.or.jp/
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大阪は昔、「天下の台所」と呼ばれるほどの商人・食文化の中心として近代栄えた。
そしてそのころから職人さんや板前さんが鍛えた腕前を振るっていたが、
この商店街では料理道具、厨房道具を揃える事ができた。
いわゆるプロのためのプロによる道具街なのである。
最初は明治15年(1882)ぐらいから法善寺千日前から
四天王寺のお大師様や今宮戎神社の参道として古道具屋・雑貨商が並んだのが始まりとされる。
大正時代に現在の問屋・製造業の専門店街として発展、
戦後アーケードが建ったのを経て全長150mの商店街となった。
江戸~明治にかけては墓地 明治に入ってから刑場が隣接された。

千日前道具屋筋:http://www.doguyasuji.or.jp/
千日前商店街:http://www.sennichimae.com/
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大阪中央卸売市場と並ぶ大阪の食の卸売・小売の中心地。
鮮魚と野菜の店を中心とするが、食肉などを扱う店もある。
年末ともなれば大勢の買い物客で賑わう場所である。
明治45年ぐらいまでは「圓明寺市場」と呼ばれていたそうである。
その後、太平洋戦争にて焼失するも復興、現在の形となっている。

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東京の秋葉原と並ぶ電化製品小売りの町。
電機・オーディオ・大工道具・工具・機械・パソコンなど多彩な専門店が建ち並んでいる。
江戸時代には「長町」と呼ばれた古くからの宿場町であり、
明治時代には古書店街として賑わっていたが、
戦後になって自作のラジオ向けのパーツや工具などを扱う店が
現れたことをきっかけに電気街として発展、現在の「でんでんタウン」に至っている。
一時期、衰退しつつあったが近年では、秋葉原と同様にコスプレ、メイドカフェなども登場し
いわゆるオタク街化促進中である。

電気のまち でんでんタウン:http://www.denden-town.or.jp/
【テーブル専門店 ローテーブルの事ならインテリアル】
2009-01-07
